Yoshiki Aihara  相原 慶樹

 

1975 横浜生まれ

2000 明星大学造形芸術学部造形芸術学科研究課程修了

 

2008 Vermont Studio Center Alternative Scholarship

 

 

 

現代において個の孤立という問題がある。他の個との連帯に取り組めない者、他との連帯意識をもてない者。それぞれが、それぞれの立場で社会から孤立している。個の存在が集まり合い集合体という一という存在を築きあげる。また集合体が形成されたからといってその中にある個も個として存在し続ける。個が存在する以上、その個の存在を忘れてはならない。新たに形成された集合体においても個の存在が個であり続けるために、集合体が連帯を密にして個をフォローしていかなければならない。またそれぞれの集合体が社会には存在し、その集合体どうしがまた新たな一という存在の集合体になり得ることもある。その場合でも、もともとの個の存在を意識することに集合体は責任を負わねばならない。

 私の作品はそれぞれが異なった一という個が集合し、一という集合体を創り出している。ミクロのベクトルから見ればこの個という存在は巨大な一として存在するのだが、マクロのベクトルからみればこの一という集合体は極小な存在としてみることができる。しかし、そこには相反する存在でありながら、同一な存在であるものが明確にある。視覚的で表面的なものが溢れる中、情報の多様化(溢れている状態)の社会において一つのものを吟味し、その存在を掘り深めていく行為が少なくなっている。この安直に情報やものを交換できる社会において、あえて一つのものを掘り深めそして全体を構成していくことに、人間の行為や感情が存在し、私が個として存在する意味がある。

 昨今の世界情勢の中、少数の圧倒的な経済力、武力が他の大多数の少数を支配しようと奔走している。何もこの事は今に始まった事ではないが、今もなお現実として、この事実は崩れてはいないと思う。たまたま、私は今、この今日、明日という近い未来の生存権を心配しなくても良い国で生きている。だからこそ、この与えられた環境の中、それに甘んじるのでは無く、個の最大限の自由を行使すべくモノを創り出す事に邁進していきたい。また、その事で、この社会において、私が存在することが可能なのではなかろうか。常にcreativeの領域で生きる事に挑戦していこうと思う。

 

支配されることを望む現代社会、しかしこれまでの歴史の中、自由を勝ち取るために戦ってきた市民の犠牲を忘れてはならない。

 

 

     相原慶樹